2016年11月20日日曜日

日本にもいたんだよトランプ大統領(戦後総理大臣)吉田茂

どうもこんばんは、道化師です。

さて、本日は、日本の総理大臣たちをご紹介していきましょう。

さて、本日のテーマはこちら。

吉田茂先生でお送りしていきます。

吉田茂先生。アメリカのGHQダグラス・マッカーサーの支配から日本をサンフランシスコ講和条約で独立を回復させた人。

今の現代日本の基礎を作った人ということになります。(松井先生の尊敬する人物の一人ということになります。)

それでは、吉田茂先生の暴言を見ていきましょう。

まずは、こちら。(わかりやすくするためにあえて創作を加えています。)

国会で、ブチ切れバカヤロー事件

総理の見解を聞きたい。

吉田総理「ごにょごにょ。」

私は、英国の翻訳をきいているんじゃないぞ。

吉田総理「私の見解だぞ。」

まぁ、まぁ、興奮しなさんな。

吉田総理「何だと、無礼だぞ」

何が無礼なんだ。

吉田総理「無礼じゃないか?」

日本の総理として答弁せよというのが何が無礼なんだ。

吉田総理「バカヤロー。何言ってんだ?」

バカヤローとは何だ。発言を撤回しろ・・・

2,無礼な記者には・・・

吉田総理・吉田総理・吉田総理

パシャパシャパシャ

こっち向いてください

パシャパシャパシャパシャパシャパシャ

吉田総理「(ブチ)」コップの水をかける。

民衆は万雷の拍手

3,学者に対して

吉田茂「何も知らない学者が机上の空論で物を語るな!!!」

4,マッカーサーに対して(逆ギレ)

マッカーサー「吉田ーーー俺の計画では餓死者がでるって言ったけど、お前の計画どないなっとるんじゃ。お前の計画デタラメじゃないか?俺の計画通りで、食料足りてるやないか?」

吉田茂「当たり前だろ。日本の計画がいい加減だから、太平洋戦争になったんだろ。お前アホか?」

5,総理大臣になる前の(無責任?)名言(ここ重要)(最後まで読んでね!!!)

吉田茂「金を作ることは一切やらない。(お前らがやれ)」

吉田茂「俺のすることに口出しするな。」

吉田茂「俺は辞めたくなったらいつでも辞める。」

6,1951年サンフランシスコ講和条約

  1951年日米安全保障条約

 吉田茂調印の時の名言

 サンフランシスコ講和条約でようやく日本の主権の独立が、戻ってくる。

 日本政府団「やったー悲願の独立が回復したぞーーー」

 吉田茂(どっかに行こうとする)

 それを追いかける謎の青年

 吉田茂、先ほどまでのサンフランシスコ講和条約と違い、小さなホテルに到着

 吉田茂「帰りなさい。」

 謎の青年「いえ、帰りません。私も、吉田先生にご同行させてください。」

 吉田茂「帰れ。」

 謎の青年「吉田先生一人の責任にはしません。」

 吉田茂「この調印は、私だけでします。君は帰りなさい。」

 吉田茂・・・日米安全保障条約に調印(日弁安全保障条約の反対派からの攻撃を全て自分に向かわせるため。責任を全て自分でかぶるため。)

 で、この時の謎の青年が、日本の奇跡の戦後復興を成し遂げる男あの池田勇人(口は悪いが嘘は言いませんwww)さんということになります。

 吉田茂最後の名言

 父親のお墓にて

 「父からの財産は全て使ってしまいましたが、その代わり勲章をいただいたので許してほしい。」

 さて、それでは、彼の名言に、もう一度戻ってみると彼の言動がより深みを持っています。

 「金集めはしない。」(自分の金を使うから)

 「俺のすることに口を出すな。」(お前らまで責任問題になる。)

「辞めたくなったらいつでも辞める」(責任をとって)

さて、いかがだったでしょうか?

道化師「この意志を引き継いだ池田勇人が、いずれ総理大臣になり、奇跡の戦後復興を果たすのだが、それは、また、別の話。」

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