2016年7月22日金曜日

倫理の問題(めんどくさいががんばります)懐疑論について

どうもこんばんは、道化師です。

さて、本日も、倫理の問題についてお話をしていきたいと思います。

何度も何度もめんどくさいのですが、ここで書かれていることはあくまでも倫理の話ですので、ご注意ください。

道化師「さて本日のテーマは、懐疑論ということになります。」

この懐疑論は、松井先生の考え方に少し近いので、まだ、書きやすいということになります。

さて、それでは、懐疑論とは??

懐疑主義:基本的原理・認識に対してその普遍性・客観性を吟味し根拠の無いドグサを排除しようとする試み。

道化師「え、わからない?何いってんのこの人ってなる?」

つまりこういうことです。

ちなみにドグサとは、独断のことをいいます。

懐疑主義:みんなが、常識常識って言っていることは、本当に常識なのかと疑って考える主義のこと。

で、この考え方をする人は、基本的に権力者からものすごく嫌われます。

例えば、こういう考え方の行き着く先が非常に怖いのが・・・現体制の否定につながるからです。

ところが、権力者からものすごく嫌われますが、逆に権力者に迫害を受けることもあまりありません。

この人達は、権力者に基本的に逆らわないという謎の特徴を有する人たちだからです。

つまり、こういうことです。

法律には従わなければならない。

懐疑主義ですので、なぜとなる。

法律は、そもそも現在の権力者が作り上げたものなので、一方的に守らされるのはおかしいと考えます。

では、クーデターをおこすのかというと、やはり、先ほどのなぜになります。

権力者が作った社会だからといって、クーデターを起こさなければならないという理由にはならない。

まぁ、こんな感じになります。

はっきり言うと、今あるこの世の中すべての常識を疑うので、はじめから、洗脳することのできないあいてとなり、権力者としては、非常に嫌なのですが、かといって、積極的に破壊しようとも思わないので、強いて攻撃する必要性もない相手ということになります。

で、ここからが問題なのですが、この懐疑主義ですが、基本的に誰の言っていることも信じないし、全ての規範・道徳を全く信用しないという特徴があります。

つまり、どういうことかというと、

「お前の話は理解したが、お前の話が本当かどうかは知らない。」とか

「お前の話は、現在時点においてはどうやらたしからしい。」ということになるわけです。

この考え方をする人たちは、他人のいうことは信用しない。データも信用しない。自分自身であったとしても信用しない。

常に万物の事柄について疑い続ける人のことをいいます。

この状態は、非常に苦しいらしいです。

したがって、あまり一般的には倫理の世界・人間の世界では流行りません。

道化師「というわけで本日の結論。懐疑主義とは、ありとあらゆるものを疑い続ける人のこと。」

道化師「ちなみに、この懐疑主義になっている人は、非常に詐欺に合いにくいらしいという傾向を持っているそうですし、宗教にのめり込みにくいという特徴を持っています。まぁ、考えればわかることですが、目の前で奇跡を起こそうが、幽霊が出ようが、魔法を使おうが、疑い続けるので詐欺師にとってはやっかいです。www」

例えば、こういう状況になります。

詐欺師「私は、こんな風に空をとべるんですよ。」

松井先生「へぇーーー。」

詐欺師「すごいでしょ?」

松井先生「なんで???」

詐欺師「・・・・・。」

松井先生「空を飛べる=すごいになる理由はなんで?」

以下なんでの無限ループ。


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