2016年4月15日金曜日

委員会の独立性は大事。委員会が独立してるのは危険。(どっちやねん)


 どうもこんにちは、道化師です。

 さて本日は、委員会の独立性についてお話していきましょう。

 え、委員会ってなんですかという人いますか?

 道化師「そこからですよね。めんどくさいのですが、お話していきましょう。」

 委員会とは、専門的な物事を決める場合もしくは、政治的に中立を保たなければならないような場合に、政党および国民の意見が反映されないように、外部から完全に独立した機関として作られるもののことを委員会という。

 篠崎くん「つまりどういうことですか?」

 道化師「高度な話しすぎるから、素人は黙ってろ。政治家がごちゃごちゃ言うと政治的に恣意的(つごうのいいよう)に利用される危険性があるから黙ってろっていうのが委員会。」

 篠崎くん「なるほど。」

 道化師「さて、本日は、このふたつを同時にお話していきましょう。教育委員会と原子力規制委員会」

 注意:特に、原子力規制委員会に関しては、他にも、原子力委員会などの名称があり、詳細をご説明するとむちゃくちゃ長くなるので割愛します。また、教育委員会にも様々な教育委員会があるので物理的に内容を把握し切るのは無理です。簡単に説明をします。

 教育委員会:子どもたちの教育に携わる人々だけで構成されている委員会。学校の元教員などで構成される。

 この教育委員会は、政治的に中立性を持たなければならない。例えば、突然政府が軍国教育を行ってしまったりしないようにということが大事であるということ。また、教育は高度に専門性を有するために教育に関する最終決定は、教育委員会が行わなうということ。また、一時的な世論により教育行政を変えてしまうことは極めて危険である。

 篠崎くん「なるほど、確かにその通り」

 道化師「これが、基本的にメディアなどでよく言われることね。じゃあ次見ていきましょうか?」

 原子力規制委員会:原子力行政に関わる人だけで構成されている委員会。原子力の研究科・工学の研究科・など様々な専門性を有する人々で構成される。

 この原子力規制委員会は、密室で決められているため、どういう経緯どういう判断をしたのかということが国民がチェックしにくいとともに独立している機関であるため、民主的に決められない危険性がある。なお、高度に専門性を有することとはいえ、原子力は、国民の生活に直結するものであり、原子力規制委員会のような独立した場所での議論は危険である。国民の投票によるような民主的制度で、国民の意見が反映されるような方法を模索するべきである。

 篠崎くん「なるほど、確かにその通り??????????」

 道化師「これが、基本的にメディアなどでよく言われることですね。何かがおかしいということに気が付きましたか?」

 教育も原発も国民の生活に直結することは同じだよね。

 でも一方は、独立性が大事なの?教育委員会の暴走は止めなくてもいいけど、原子力規制委員会の暴走は止めるために民主的に決めなければならない?

 教育委員会は、一時的な世論に左右されてはいけないが、原子力規制委員会は一時的な世論に左右されてもいい??????

 道化師「というのを同じメディアで主張しているのですが、矛盾しているなと自分たちで考えないで書いているのでしょうかね?」

 道化師「私はちなみに全部最終的には政治家が決めて選挙で最終審判下すべきという人ですね。」

 まぁ、どっちがいいとか悪いではありませんが、独立性というのは、自由にできるそして、中立でありやすい反面・暴走および隠蔽しやすくなるということをお間違いのないようにしてください。

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