2015年9月2日水曜日

貧困は教育にまで格差する2


 こんにちは道化師です。

 今回は貧困と教育について経済学部的な読解方法をお伝えしていきたいともいます。

 まず、今回非常に大事なことは、貧困に対してのアプローチの仕方がお金をメインに考えていくというところにあります。主な格差解消政策を見ていきましょう。

 まず、経済学的なアプローチの最も代表的なものがこちら。

 「貧困家庭にお金を直接給付する方式」が最も経済学的には正しい答えとされている。これはなぜかというと、現金を直接渡すといった手法は最も無駄が発生しにくい。

 行政としては、お金を銀行口座に振り込めばいいだけだし、法律としてもただ貧困の家庭に対してお金を給付するという手法を取れるからである。

 ただし、この方法は、最も批判が多い政策の一つでもある。

 大きく批判の対象となるポイントは、「現金を直接渡すと何に使うのかがわからない」「子供の教育費に本当に使われているのかが不明」つまり、家庭の支出に対して不透明であるということによる批判が多い。実際問題として、教育費に使いましょうというような形で支出をしても実際に教育費に回されないケースは多い。(多いといっても日本は、そういうケースが他国に比べると低い)ある程度の金額はやむなしという意見と絶対ダメだという意見があるので注意しましょう。

 次の手法は、「教育機関に対して補助金を出すという政策」個人にお金を分配させてしまうのではなく、それを行っている事業者に補助金を出すことによって教育機会を与えようと言う手法。教育とは少しそれるが、農業なんかはそういった手法を使っている。農家一つ一つに補助金を渡すのではなく、団体に補助金という形で渡すという手法。これも批判の対象になることが多い。

 批判のポイントは「癒着が生まれる」「既得権益ができる」「不正の温床になる」といったものである。当然補助金を団体に一括交付するわけであるから、団体の中で一番偉い人が権限を握ることになる。これが良くも悪くも作用してしまう。いい面としては、団体全体の取り締まり規制監督業務を行うことで市場の健全性が保たれる一方、資金を握っている偉い人に有利になる。もしくは、その権力者にお伺いをたてないと創業できない。などのことがある。マスコミに叩かれるのはこの所以である。

 次の手法は、「無料で学習機関を作るという手法」無料で学習塾などを作り国が管理するという手法である。この手法とても良いように思うが、経済学的には最もやってはいけない一つ。ポイントは「民業圧迫」「競争原理が働かない」そしてもうひとつは「学校との関係性」経済学では、民間の自由な競争にあまり介入するべきではないというのが主流の考え方を持っている。ここで、無料の学習塾が登場し、かつ、これが有料の学習塾よりもすごい塾だとするとだれも有料の塾に行かなくなってしまう。これが問題。需要がどんどん増えることで供給をしなければならなくなり、国家財政が赤字になる。

 さらに、競争原理が働かないことで国鉄のようなことになってしまう可能性が十分にある。(サービスの向上がいつまでもしない。新しいサービスが生まれてこない。)となる。

 さらにやっかいなのは、無料の学習塾がどういう位置づけになるのかということお金のある人からは料金を取るということであれば、経済産業省の管轄ではないのかとか、教育だから文部科学省だとか、地方で勝手にやっていることだから地方政府の管轄だとか総務省だとか訳の分からない議論を繰り返す。仮に文部科学省の管轄だとした場合に学習指導要領を逸脱できないことになってしまう。こうなると完全に夜間に開いている学校になってしまう。という問題が生じる。

 最後に、近年新しく出てきたものとして議論されているのは、学習塾クーポン券学習塾のクーポンを配布することで、教育費の一部を負担しようというもの。これは、先ほどまでのデメリットはないもののやはり行政コストが非常に高くなる。偽造の防止・不正使用の防止・学習塾関連団体への周知徹底・再販売の禁止(金券などで売買するのを禁止する)と言った方策を使わなければ一番初めの現金給付と変わらないのではないかという議論に戻ってしまう。

 このように教育費に関しては、利用するもの(子供)金銭を支払うもの(大人)が異なるといった特殊サービスのため非常に困難な問題を生じさせる。

 それでは最後に「この貧困の連鎖を解決するためにどういったアプローチ方法が考えられるのかそしてそれはどういった問題があるのかをしっかり覚えよう。」



 

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