篠崎にある松井塾の塾長が高校生・中学生向けに大学受験・高校受験を突破のために作られたブログになります。基本的には、入試で出された問題をベースにして勉強に親しみやすいものとなっております。ご覧になられた方には、賛否両論あると思われますが、何卒よろしくお願いいたします。
2015年9月4日金曜日
絆は人を救う???
こんにちは道化師です。
今回のテーマは絆になります。
別に絆が大切だとかどうだとか個人的にはどちらでもない考え方の持ち主ですが、今回のテーマはそういうことなのでそういう感じですすめてまいりたいと思います。
人間は、の恐怖というのは実は貧困ではなく孤独にあるという理論。
まぁたしかにそうなのかもしれません。
今回は、これが行き過ぎるケースとそうでないケースの問題をピックアップしていきたいと思います。
一つ目が絆万能論
これは、たまに何故出てくるのかはよくわかりませんが、たまに見かける文章です。ブータンなどの国を例にだして絆があれば何とかなる絆さえあれば生きていけるという理論のこと。この問題で主に出てくるのは、発展途上国や江戸時代などの貧しくはあるけれども死亡率および幸福度が高い国もしくは、見たこともない過去などが出てきます。
これは、現在の社会が行き過ぎた個人主義に陥ってしまっているので、個人個人がじつは孤独だという現状に対するアンチテーゼとも言えるでしょう。
これに対する反対意見の場合もあるのでこの場合についてもお話しておくと、これらの国々が維持できているのは、比較的小規模な国家もしくは経済的に小さな国においては成り立ちます。イメージしておいてもらうとわかりやすいのですが、10000人程度の村の場合大体の人は知り合いの知り合いといったような状況になる。また、経済規模が極めて小さいため共同体を維持するためには絆というより助け合わなければ全員の生活が維持できないというところにある。
つまり、日本のように経済的、人口的にも大きい国では実現不可能であるという考え方。
もう一つの絆が、絆と経済の融合
日本人は、過度に経済成長に偏りすぎたため人間同士のコミュニケーションが不足しているという考え方。
こうならないようにするためにも、地域社会との交流また、友達同士の交流機会を積極的に持ち健全な人間関係を築こうと言う考え方になります。
これに対する反対意見のような文章はまず出てこないと見ていいでしょう。この論法で来られた場合真っ向から反対意見を述べるのは極めて難しいというより入試問題として不的確になりやすいためです。
しかしながら、あるとすれば、以下のような反論が考えられる。個人の自由主義により過度の他人に対する干渉をしなくなった日本人は、非常に成熟していると言っていいでしょう。他人に対する絆を強くするということは、絆から外れてしまったものへの排除。差別を生むことになってしまう。そのようなことからも、絆を重要視しすぎる必要性はないと考える。